Dutch architect plans world's first 3D-printed building (WIRED)

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via WIRED

A Dutch architect is planning to construct a Möbius strip-shaped house using the world's largest 3D printer.

Landscape House, designed by Janjaap Ruijssenaars of Amsterdam firm Universal Architecture, will contain around 1,100 square meters of floorspace throughout the twisted structure. The 3D printer -- which can "print" objects as large as six meters by nine meters using a mix of grinded-down rocks or sand, held together with a liquid binding agent -- has been designed by Italian roboticist Enrico Dini.

Dini has been printing huge objects with his printer for a couple of years, but this will be the first building that he's produced that's actually designed to be occupied just like any other. For a house that will be a solid whole, without any visible seams, a Möbius strip makes perfect sense as a design shape.

via WIRED JAPAN

オランダの建築家が世界最大の3Dプリンターを使い、「メビウスの帯」の形をした継ぎ目のない家を建設しようとしている。
「Landscape House」と名付けられたこの家は、アムステルダムに本拠を置くUniverse Architecture社のヤンヤップ・ライジシェナーシュ(Janjaap Ruijssenaars)が設計した。このねじれた構造の建物の中に、およそ1,100平方メートルの床面積が確保される予定だ。
建築に使われる3Dプリンターは、粉々にした石や砂を混ぜ合わせた材料を液体の結合剤で結びつけることで、6×9mの大きさの物体を「印刷」できるもので、イタリア人のロボット工学技術者であるエンリコ・ディニが開発した。
ディニ氏は数年前から自作のプリンターを使って巨大な物体を印刷しているが、居住用として実際に設計された家を制作するのは今回が初めてだ。建物全体が一体化されて継ぎ目がひとつも見えない家をつくるために、メビウスの帯の形に設計したことは理にかなっている。

いよいよ、3Dプリンターが面白いことに成って来た・・・


Sistine Chapel in Virtual Reality (Vatican)

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via Vatican.va

Sistine Chapel painting by Michelangelo in Virtual Reality. For your viewing pleasure….

The Sistine Chapel ceiling, painted by Michelangelo between 1508 and 1512, is a cornerstone work of High Renaissance art. The ceiling is that of the large Papal Chapel built within the Vatican between 1477 and 1480 by Pope Sixtus IV after whom it is named, and was painted at the commission of Pope Julius II. The chapel is the location for Papal Conclaves and many important services.[1]

The ceiling's various painted elements form part of a larger scheme of decoration within the Chapel, which includes the large fresco The Last Judgment on the sanctuary wall, also by Michelangelo, wall paintings by several leading painters of the late 15th century including Sandro Botticelli, Domenico Ghirlandaio and Pietro Perugino, and a set of large tapestries by Raphael, the whole illustrating much of the doctrine of the Catholic Church.[2][3]

Central to the ceiling decoration are nine scenes from the Book of Genesis of which the Creation of Adam is the best known, having an iconic standing equalled only by Leonardo da Vinci's Mona Lisa, the hands of God and Adam being reproduced in countless imitations. The complex design includes several sets of individual figures, both clothed and nude, which allowed Michelangelo to fully demonstrate his skill in creating a huge variety of poses for the human figure, and have provided an enormously influential pattern book of models for other artists ever since.

from WIKIPEDIA


Sundance Filmmakers Can Self-Distribute Films Online After Festival

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via Mashable

The Sundance Film Festival, which kicked off last week in Park City, Utah, has long been one of the go-to events for filmmakers hoping to get their projects noticed by some of the industry's top players.

This year, the institute announced its partnership with an online video platform called Reelhouse, which filmmakers from the event can use to self-distribute their work online.

Isn’t this a Great Idea!??


Original Batmobile sold for $4.2m at US auction

via www.bbc.co.uk

The Batmobile used by actor Adam West in the original TV series of Batman has sold for $4.2m (£2.6m) at a US auction.

The car was bought by Rick Champagne, a logistics company owner from Phoenix, Arizona.

The 56-year-old, who was just 10 when the high-camp TV series began in 1966, said it "was a dream come true".

The Batmobile design was based on a 1955 Lincoln Futura, a concept car built in Italy by the Ford Motor Company.

It was the first time that car had come up for public sale since it was bought in 1965 by car-customiser George Barris, who transformed it in 15 days, at the cost of $15,000 (£9,400), into the superhero's famous vehicle.

The Batmobile was definitely one of my Dream Car when I was a kid…  I have not seen it for very long time, but I think it still looks awesome!


【バチカンはジョン・レノンを許したげるそうだ】

 

先週末、このニュースを聞いて奇異な思いに捉われたのは僕だけだろうか?

Vatican newspaper sings praises of the Beatles (CNN.COM)

Saturday's edition of Vatican newspaper L'Osservatore Romano recalls that Lennon's boast outraged many in 1966. But it says the remark now can be written off as the bragging of a young man wrestling with unexpected success.

The newspaper was noting the 40th anniversary of the Beatles' "White Album."

The Vatican and the Beatles (CNN.COM/VIDEO)

ヴァチカン法王庁の発行する新聞が掲載した、「ヴァチカンは、1966年のジョン・レノンによる『俺達ビートルズはジーザスよりもポピュラーだぜッ!』という不遜な発言を許してあげることにしました。」という、なんとも上目線な記事。

遂に!・・・・というか、遂に~??

当時、この発言が基で、特に北米の狂信的なキリスト教徒(近いうちにハルマゲドンが起きてジーザスが再臨し、自分達と一部の改宗したユダヤ人だけが天国に行けると信じている福音派=キリスト教原理主義者など)からの激しい反発を呼び、全米でビートルズ作品の不買運動が勃発。

あげくのはてには、あのナチスがやったのと同じ、公共の場にビートルズのアルバムを山積みにして焼き払うという、“焚書”まで行われた。

そもそも、何ゆえにそんなに激しい反発を呼んだのか、今となってはその当時の社会情勢や空気感を記憶している人は少ないかもしれないけれど、とにかくあまりにも過剰な反応だったように思う。

それにしても、“何故、今なのか?”

当時、焚書なんていう“ナチ的行為”を止めることが出来なかったことを恥じて悔い改めようとでも言うのか?

このバチカンの新聞記事自体は、ビートルズの「WHITE ALBUM」のリリース40周年(1968/11/22)を記念して掲載されたものらしい。

「レノン・マッカートニー・ブランドにおる楽曲は、(ビートルズの)解散後38年を経ても、今なお、時代の変化に対する驚異的な抵抗力を持ち、大衆音楽家として世代を超えたインスピレーションの源泉となっているのは事実として残る。」なんて持ち上げているけれど・・・、なんかウサン臭い。

Vatican forgives John Lennon for Jesus quip (REUTERS)

VATICAN CITY (Reuters) - The Vatican's newspaper has finally forgiven John Lennon for declaring that the Beatles were more famous than Jesus Christ, calling the remark a "boast" by a young man grappling with sudden fame.

The comment by Lennon to a London newspaper in 1966 infuriated Christians, particularly in the United States, some of whom burned Beatles' albums in huge pyres.

But time apparently heals all wounds.

"The remark by John Lennon, which triggered deep indignation mainly in the United States, after many years sounds only like a 'boast' by a young working-class Englishman faced with unexpected success, after growing up in the legend of Elvis and rock and roll," Vatican daily Osservatore Romano said.

The article, marking the 40th anniversary of the Beatles' "The White Album," went on to praise the pop band.

"The fact remains that 38 years after breaking up, the songs of the Lennon-McCartney brand have shown an extraordinary resistance to the passage of time, becoming a source of inspiration for more than one generation of pop musicians," it said.

Lennon was murdered in New York in 1980.

(Writing by Deepa Babington; editing by Keith Weir)

© Thomson Reuters 2008 All rights reserved


【鳥だ!飛行機だ!いや『Flogo』だ!?】

ようするに空に浮かべる企業ロゴ製造マシンのことらしい。(WIRED VISION)

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料金は2500ドルだそうだけど、飛行船より費用対効果が高いかも?

これらの米Apple社のロゴや、『ミッキーマウス』の頭に見える物体は雲ではない。

Flogoと呼ばれるこれらの物体は、せっけんベースの泡とヘリウムのようなガスの謎の混合物だ。大きさは約60センチ、90センチ、120センチの3種があり、人間の想像力がおよぶ限りどんな形でも生み出すことができる。

環境的にどうなの?とか、色々と気になるけれど、広告というよりもArtとして捉えると面白いかもしれない。


【JAMに小栗康平監督がゲスト出演】

小栗康平さんは、日本映画の宝であり良心である。

昨日放送したJAM THE WORLDのゲストに、現代の日本映画を代表する世界的名匠との呼び声も高い、小栗康平監督をお迎えした。         

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大袈裟ではなくて、小栗さんは黒澤明小津安二郎溝口健二勅使河原宏鈴木清順などなど、数々の名作を生み出して日本映画の輝かしい歴史を作り、今なお日本が世界に誇る巨匠たちの“映画作りの遺伝子”を、最も洗練された形で現在に受け継ぐ世界的名匠の名に相応しい映画監督だ。

現時点で一番新しい作品である2005年の「埋もれ木」は、とても言葉に置き換えることが出来ない、というか文章化が不可能な、まさに映画を観るという体験によってしか得ることが出来ない強烈なリアリティを持っている。        

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深夜一人でこの作品を観ていたら、何故か唐突に昔大好きだったタルコフスキー監督の「ノスタルジア」やフェリーニ監督の「インテルビスタ」なんかを、映画館で初めて観た時の記憶が蘇ってきた。

それはかなり長いこと忘れていた記憶というか、感覚とか感情とかがMIXしたもので、たぶん何十年ぶりかで蘇ってきたんだけど、「そういえば映画を観るっていうのは、こういう感じだったよな~」という、何だかとても懐かしい感覚。

「埋もれ木」を観るのは初めてなのに、懐かしく感じるのは何故なんだろう。

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【音楽は一曲47秒でOK!?】

■昨日放送したJAM THE WORLDは、247ミュージックの丸山代表をゲストに迎えて、彼の提唱する「1曲47秒説」について伺った。

といっても、一体何のことやら??だと思うけど、要するに現代においては、携帯をプラットフォームに流通する楽曲は、47秒というサイズがジャストじゃないかというお話。

丸山さんによれば、「最近の楽曲は、意味もなく長い。7分ぐらいの曲が当たり前に成っている。」

「アーティストは相変わらず細部にこだわり、ほんの少しの違いを求めて、わざわざロスやニューヨークでマスタリングしたりしているけれど、リスナーはそんなこと全く気にもしていない。」

「自分は蓄音機の時代から音楽に関わっているが、楽曲のサイズはメディアの特性に依存する部分がある。かつてラジオが音楽の主な露出媒体だった時代には、一曲2分半から3分というフォーマットが当たり前だった。」

「時代は変わり、今やCDで音楽を良い音でじっくり鑑賞するというユーザーよりも、いつも使っている携帯でとりあえず音楽が聴けりゃ良いや~ていう人がほとんどに成った。つまり、着メロ程度のサイズでも、ユーザーにとっては十分だということになっている。」

「一方で、楽曲を制作する側は、楽曲の長さに対する特別な制限がない状況の中で、必要以上に曲をいじって結果的に7分を超えても気にしない。かつてのヒット曲は、ビートルズにしても、ボブ・ディランにしても、曲のエッセンスは30~40秒の中で展開されるワン・コーラスの中にすべて表現されていて、我々の記憶に残っているのは、そのワン・コーラスだけだったりする。」

「音楽の消費形態が変わった以上、供給側も発想を変えて、着メロに最適な長さの楽曲ということで、最初から47秒という制約の中で音楽を表現する、という形があるのではないか、という発想。」だという。

ふ~む・・・。未だに音楽を聴くときは部屋の灯りを落として、スピーカーのセンターに陣取り、好きな酒でも飲みながら、全身全霊をもって音楽に没入するのが当たり前の、ようするに今やオールドスクールなリスナーの僕としては、この発想は理解は出来たとしても、なんとも違和感のある話だ。 

確かに、全身全霊を籠めて鑑賞することが相応しい音楽が少なくなったのは残念ながら事実だし、昔に比べると、やることが沢山あり過ぎて、一日の中で音楽と真剣に向き合う時間も随分少なくなったのもまた事実。

これは多分僕だけじゃなくて多くの人が共通に抱える問題で、携帯やPCの普及で生活全般が便利に成った分、外部とのコミュニケーションに費やす時間が増えた結果、音楽を聴くという目的の為だけに時間を割けなくなった、つまり可処分時間の問題だと思うけど。

だからといって、「音楽は一曲47秒もあれば十分」なんて云われると、思わず反発したくなる。

音楽はそもそも音そのものがコモディティであるとすると、それを伝えるための“乗り物”としてのメディアが、アナログからCDへ、そしてネットを経由したダウンロードへと変遷してきたことは、技術革新はもちろんだけど、むしろユーザーのライフスタイルの変化に沿ったものだから、この流れ自体は今更逆行することはないだろう。

ただし、蓄音機~モノラル・オーディオ~ステレオという再生機器の変化。そして、アナログ・レコード~CDという流れは、音楽の再生能力の向上という、純粋に音楽の体験をより深める方向への変化だったのに対して、パッケージからダウンロードへの移行は、音楽の再現性云々ではなく、単にユーザーの利便性を向上させる方向への流通形態の変化だという部分で意味が大きく異なる。

その点についていうと、1996年に当時リットーミュージックの佐々木会長と共に、ミュージック・シーオー・ジェイピー(現MUSIC.JP)という、世界でも初めてに近い音楽ダウンロード専門のベンチャー企業の立ち上げに関わった者としては、当時はビジネス・モデル自体が早すぎて「ドンキホーテ」呼ばわりされたりしたけれど、やがて今のような時代が来ることは確信していたわけだから、結果的にPCではなく携帯がメインのマーケットに成ったという部分で若干の違いがあるにせよ、音楽をダウンロードして購入するということが普通のことに成ったこと自体は、喜ばしいとは思う。

しかし妙なもんで、いざダウンロード全盛に成ってみると、自分自身はむしろそうした流れとは逆行して、相変わらずCDを店で購入して聴いている。

僕自身は、今も昔も、音楽の入れ物としてのパッケージにも異様なほどのこだわりを持っているし、その姿かたちに執着している。

何故なら、僕はパッケージを含めた全てにアーティストの個としての表現を見るのであって、音のみでの体験にはどこか物足りなさを感じてしまうからなんだけど。

単なるモノ・フェチというか、物理的な所有欲に過ぎないといわれれば、そのとおりかもしれない。

しかし、形のないエーテルのような音楽は、その入れ物との組み合わせによって現実界に固定されやすくなり、我々の記憶に留まり続けるものと成るのではないか。

音楽とは音という質量に対して、時間というツールを使って三次元空間を刻む、時空的な彫刻のようなものだから、ある楽曲が聴くものに対して情動的な印象を与えるためには、それなりの時間と空間、そしてある程度の音量がどうしても必要だと思うのだ。

47秒という時間と、ヘッドフォンという閉ざされた空間で再生される音楽からは、それ相応の時空間的質量しか得られないだろうし、それが本当の意味で音楽的な体験といえるほどのものかどうか甚だ疑問に思う。

一方で、音楽が我々を取り巻く多様なエンターテインメントの中の、単なる選択肢の一つとして流通し、消費されている以上、その流通形態に合わせた音楽のあり方というものが出てきても不思議ではない。

丸山さんはそれが47秒というサイズだと提案しているわけだ。

丸山さん自身は、かつてエピックソニーの代表として、まさに日本の洋楽文化の本流を切り開いてきた人物。本当のところは、より良質な音楽をより良いパッケージで世の中に送り出して行きたいというのが本音だとおっしゃっていたが、その丸山さんが、長年売り手側から音楽業界に関わってきた結果たどり着いたのが、この47秒フォーマットだというのは、どこまで本気なのかも含めて、個人的には興味深い。

「一曲47秒でOK!」なんて云うのは、ある種丸山さんならではのアイロニー的な表明なんじゃないか。決して額面通りに受け止めるべきではない、という気がする。


【DAILY LIFE IN NORTH KOREA : Photo Essay by VII】

MAGNAMの遺伝子を受け継ぐ最強のPhot Agency、「VII」のサイトのコンテンツ

VIIのフォトグラファーChristopher Morris による、『DAILY LIFE IN NORTH KOREA
(北朝鮮の日常)』というタイトルのフォト・エッセイ。キューブリック作品のワンシーンのような風景が続く。

平壌の人々の日常を捕らえているのだが、そこだけ時間が止まってしまったかのような、閉ざされた世界に囚われた人々の表情は一様に硬い。

To visit North Korea is to enter one of the world's last closed societies. The tiny communist state and aspiring nuclear power is effectively shut off from the rest of the world and visitors are limited to the (privileged) few. VII photographer Christopher Morris recently went on a rare visit and found the streets of the capital Pyongyang tidy and orderly and the citizens patriotic.

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【横尾忠則さんに会った】

■JAM THE WORLDのゲストに横尾忠則さんが登場

Yokoo2006_08_01もうかなり前の事に成るけれど・・・。8月1日に放送したJAM THE WORLDのゲストに出演していただいた横尾忠則さんにお目にかかった時のこと。

放送当日はスケジュールが合わなかったので、7月28日に成城にある横尾さんの事務所での事前収録ということに成った。

今回のインタビューのキッカケはというと、一つはカルチェ現代美術財団の主催で今年3月から5月にかけてパリで開催された「TADANORI YOKOO展」が大好評だったということと、もう一つは横尾さんがデザインを手がけたサンタナの『ロータスの伝説』の22面体ジャケットギネスブックに認定されたというニュースで、久しぶりに横尾さんのことが気になったからなんだけど・・・。

久しぶりに、とはいうものの実は横尾さんとは直接の面識は無かった。しかし、YMO散開直後の細野晴臣さんと二人でFRIENDS OF EARTHをスタートしたばかりの頃、良く細野さんから横尾さんのUFOや宇宙人との遭遇エピソードを聞かされていたので、妙に身近に感じていたのだ。

もちろんそれ以前から横尾さんの作品は書籍、ポスター、レコード・ジャケット等々、あらゆるメディアで目にしていたし、前述のサンタナのアルバム『ロータスの伝説』に続いて横尾さんが手がけた『アミーゴ』、さらにマイルス・デイビスの伝説的ライブ・アルバム『アガルタ』などの作品により、横尾さんのデザインはそこに収められた音楽と渾然一体となって鮮明に記憶に残っている。

「神々しさ」と「禍々しさ」。「聖なるもの」と「邪なるもの」。「ミクロ」と「マクロ」という相対的なモチーフ。そして、「現在」、「過去」、「未来」という異なる次元が同じ平面状に混在・羅列・共存するという、ある種縁日的な横尾さんの作品は、そうした非常にアジア的混沌に満ちていながら、何故か日本的な静寂と郷愁を帯びている。

グラフィック・デザイナーとしては世界的な知名度はあるものの、今回のパリでの個展は彼が「画家転向」を宣言した80年代以降の作品を中心にしたもので、実は現代芸術家としてはほぼ無名。今回がヨーロッパにおける画家としての実質的なデビューに近いものだったそうだ。

それだけに、400点ある作品から選んだというボリューム感のあるコレクションは、パリやヨーロッパの現代美術界に相当なインパクトを与えたらしく、「こんな素晴らしいアーティストが日本に居たとは!」とか、「彼の画は現代美術が失ったものを全て併せ持っている。」とか、まぁとにかく大絶賛だったらしい。

そんな訳で、個人的には実にミーハーな興味も含めて横尾さんとのインタビューは大変興味深いものとなった。

それにしても横尾さん、前月の6月27日に70歳の誕生日を迎えたとは思えない若々しさ!はっきりいって年齢不詳なのだ。

“病気自慢”というと語弊があるけれど、昔から様々な病気を乗り越えてきたという横尾さんは、その病気遍歴をまとめたエッセー集『病の神様』という本を出していて、これも何故だか人気(御本人談)で、最近の取材はこの本のことが多いのだそうだが、御本人の若々しさを目の当たりにすると、やはりその秘訣を訊きたくなるのだろう。

というわけで御多分に漏れず、僕も横尾さんにその秘訣を是非伺いたいと思ったわけだが、しかしその理由はどうしたって彼の生き方そのものにあるに違いないわけで、その意味において横尾さんが作品を作るときに心がけていることを訊いてみたんだけど、特に印象に残ったコメントがいくつかあった。

「絵画というのは、何処で止めるのかというのが重要。」

「たとえば線を描いていて、それをどこで止めるのか・・・。キャンバスの何処かで止めるか、それともフレームの外まではみ出させるか・・・。」

「それを決めるときに、自分はどうしてそう思うのか?を自分に問いかける。」

「他人に見られたとき、そっちの方が綺麗と思われるだろうからそこで止めるのか、それとも本当にそこで自分が止めたいと思うから止めたのか・・・。」

「その感覚が本当に自分の中から出てきたものかどうか、自分が自分に対して完全に正直でなければいけない。」

「そして、それが自分にとって“道楽”に成っているかどうかということが大事で、結局画を描くこと自体が“道楽”でなければ何処かで無理をしていることになる。」

つまり、無理すると病気に成るし余計に老けるし・・・ということでしょうか?ほんと、横尾さんの絵と同じで非常に分かりやすい。

一方で、『ロータス』の復刻版について訊いてみると、「あれは何となく恥ずかしいというか・・・。だって僕はもうそこには居ないし、今の自分とは全然違うものなので、気恥ずかしさのほうが強い。」ということだった。

実は当日、僕は中学生時代に買ったオリジナルの『ロータス』にサインをもらおうと持参していたのだが、ここで満を持して、もう何度もジャケット広げたもんだから端がボロボロに磨り減ったそのLPを差し出すと、「いやー、そんなにボロボロになるまで聴いてくれたなんて、ありがたいですね~!」ということで、とっても喜んでいただいた。作戦成功!

とりあえずその勢いで、『ロータス』にサインをゲット!ついでにもう一枚『アミーゴ』にもサインしてもらった。LUCKY ME!

というわけで、謹んで我が家のお宝コレクションに加えさせていただきました。横尾さん、どうもありがとうございました!

■参考リンク: 紙ジャケ制作日記~“ロータス”への道 (HIGH-HOPES)


【笑激の最新作『立喰師列伝』の押井守監督に訊く】

■押井守監督が自ら解説する、最新作『立喰師列伝』に籠められた思い。

Oshiijam20060411_4 2004年に公開された前作『イノセンス』から早くも2年。今夜のJAM THE WORLDは、昨年から巷で噂に成っていた笑激の最新作『立喰師列伝』が公開されたばかりの押井守監督がゲストです!

滅多な事ではお目に掛かれない押井さんの話が直接聴けるとあって、当日は朝から「アレも訊きたい、コレも訊きたい・・・」とハイテンションな僕でしたが、いざ御本人を前にすると、その控えめな語り口に思わず聞き入ってしまい、アレもコレもすっかり忘れてしまいました。

インタビューの前半は新作の『立喰師列伝』について、そのコンセプトや制作意図などについて語っていただいた訳ですが、なんせこの作品かなりのクセモノ(観れば分かります)ですから、何の予備知識も無く聴いている人には何の事やらチンプンカンプンだったのではないかと少し心配してます。

さらにインタビュー後半では、押井さん御自身が関心を持っているという「格差社会とニート」について語っていただきました。『立喰師列伝』に籠めた押井さんの思いが伝わってくるインタビューに成ったのではないかと思います。

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【フォト・サーチ・エンジン“Riya”で気分はCSI】

■単なる画像認識じゃない。Riyaの顔面認証技術はデジタル・フォトの“使い方”を変えるかも。(CNET Japan

アメリカの人気テレビシリーズ『CSI』は、僕の大好きな番組の一つなんだけど、毎回番組の中で登場する様々な分析ツールがすごくリアルで(というか番組の製作者によると、ほとんどが実際に使用されている技術なんだそうだけど)、中には個人的に欲しいと思うものも沢山ある。

CNETの記事で紹介されているこの『Riya』は、CSIの中でレギュラーに登場する「顔面認証」や「パターン・マッチング」のような画像認証技術を利用したフォト・サーチ・エンジンだ。

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 スタンフォード大学で顔認識技術を研究し博士号を取得したメンバーらが立ち上げたRiyaは、すでにウェブサイトを立ち上げている。このサイトでは、「文脈認識(技術)」を使ってデジタル・フォトアルバムのなかから、よく似た写真を検索できるようになると、共同創業者のMunjal Shah氏は、当地で開催中の「PC Forum」で講演した。Riyaのサービスでは、たとえば義理の母親の写真を数枚サンプルとして同社のウェブサイトにアップロードすると、Riyaの検索エンジンがユーザーのPCに保存されている(母親が写った)他の写真を見つけ出すといったことが可能だ。

 同氏によると、文脈認識技術とは、顔認識技術を強化したようなものだという。Riyaのソフトウェアは人物の顔を調べるほか、その人物がきているシャツなど、他の手がかりも利用して似たものを見つけ出す。さらに、このソフトウェアは画像の中にあるテキストも探すため、たとえば「フロリダへようこそ」という看板の横に立つ人物の写真は、「フロリダ」というキーワードで見つけ出せるという。

 Riyaはこのソフトウェアに手を加えて、さまざまな条件に従って写真を検索できるようにしている。たとえば、被写体の顔がわずかに横を向いている2次元のサンプル写真は、仮想の3Dモデル上にマッピングされ、正面から撮った写真とも同じ人物が写っていることが識別できる。また、ある写真で首を傾けている人物の写真も問題なく識別できる。

しかも無料!!サインアップしてRiyaのサーバーに検索したい画像ファイルをアップロードするだけで利用できるようになる。全部英語だけど、分かりやすいチュートリアルも用意されている。

 同社のサービスを利用するには、アップローダーというソフトをダウンロードする必要がある。

 このアップローダーは、写真に検索用のタグを付加した上で、そのコピーをRiyaのウェブサイトに転送する。また、転送される写真の解像度は800x600ピクセルとよくある5メガピクセル級のデジカメで写した画像よりもかなり低解像度になる。しかし、データを低解像度にしておけば、複数の写真を素速くアップロードできるというメリットがある。

 検索結果として表示される写真は低解像度のものになる。しかし、同社はこの技術を改良し、検索結果の画像と高解像度なオリジナル画像とを同期するようにしたいと考えている。これが可能になれば、ユーザーは検索後にハードディスク内にある高解像度の写真を見られるようになる。

今のところアップロードするファイル数にも制限がないようだ。早速サインアップして“なんちゃってCSI”を楽しもうではないか!なんだか単なるネット上のフォトアルバムを超えたサービスに成る可能性を感じた。

なお、このRiya社については、昨年HotWiredにも興味深い角度から考察した記事「顔写真のネット検索が可能に?」が掲載されていた。

 現在このサービスで検索可能なのは、ライヤ社のサーバーにアップロードされた写真だけだ。だが、この技術がインターネット上で展開されるようになれば、Flickr、『トライブ・ネット』や『フレンドスター』といったウェブ上の写真を、写真の所有者や写された人が特定されるのを望もうが望まなかろうが検索できるようになるだろう。興味深いのはここからだ。

 『マイスペース』を検索した母親たちが、友達の家で勉強しているはずの時にパーティーに参加している自分の子供の写真を見つけるかもしれない。保険会社がバンジージャンプをしている顧客の写真を探し出し、この命知らずな顧客の保険料を値上げするかもしれない。私の予想では、付き合う相手を探している男女が恋人の品定めをする際に欠かせないものになると思う。

 もし誰かが私が写っている写真を掲載すれば、写真を見る人々には私の顔が見える。だが、私が誰なのかはほとんど判らないはずだ。一方、写真に私の名前のタグが付されていたとすれば、私の容姿を気に入った見知らぬ人が私についてさらに知ることが可能だ。私を雇用するかどうかを検討中の人が、私に関する詳しい情報を探しており、私の名前を検索して私の写真を見つけ出すこともできる。

 アナログ世界におけるプライバシーの原則は、デジタル世界では意味をなさない。見られることと追跡されることの関係についてのかつて存在した前提は、もはや通用しない。われわれはこうした事実を直視しなければならない。さもないと、大局を見失ってしまうだろう。


【Google Marsで火星にヴァーチャル・トリップ】

■アノ“火星の人面石”も確認できる。Google Marsで火星にヴァーチャル・トリップしましょう。(ITmedia News

Ah_mars1_2 ちょうどNASAのMARS EXPLORATION PROGRAMが佳境を迎えているところに、絶好のタイミングにリリースされたGoogle MarsGoogle EarthGoogle Moonに続いて、デスクトップで宇宙旅行が体験できる素晴らしいアプリケーションだ。

早速“FACE”で検索すると、例の人面石の部分がちゃんとマークされている。もうちょっとズームインしたくなるけれど、それはROVERの映像があるからこの際贅沢をいうのはやめよう。